とある冬の日。

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 冬の風呂が好きだ。あたたかいお湯を並々と張った浴槽に肩まで浸かる。目の前に広がる、淡い桃色の水面からは、ほんのりと桜の匂いがした。一足早い春の香りをまとった湯気がゆらゆらと揺れながら、天井に立ち昇っていく。

 その様子を眺めながら、湯のぬくもりを愉しむ。冷え切った身体がじんわりと温められていく心地良さに、身をゆだねる。

 数ある冬の楽しみ、その一つを満喫した僕は、脱衣所で身体を拭きながら、次なる癒しの匂いを嗅ぎつけた。台所から漂う甘辛い香り、分かっている。鶏の照り焼きだろう。仕事終わりのすきっ腹に、休日直前の金曜日の高揚感が加わり、大好物は超好物へと進化を遂げる。

 そんな未来を想像した瞬間、猛烈な勢いで食欲が湧き上がった。それにも拘わらず、僕の足は自室へと向かっていた。食欲と同時に込み上げてきた、別の欲を満たしたくて、居ても立ってもいられなくなったからだ。

 家族に気づかれないよう、音をたてずにドアを開けて、自分の部屋に入る。趣味の写真道具を置いている棚。その中にあるバッグに手を伸ばし、ファスナーを下ろした。

 彼女は昨日と変わらずそこにいた。穏やかな微笑みを浮かべて、優しいまなざしでこちらを見つめる。身長40cmの『うちの子』だ。

 次の瞬間、膨大な量のマイナスイオンが部屋中にほとばしった。バッグの中に充満していたであろうそれは、とめどなく溢れ、心身の疲れを癒すと同時に、僕の『ドルドルしたい欲』を満たしていく。

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 ――――人形。

 それは、古来より人々の暮らしに密接に関わってきた。そんな人形を様々な形で愛でる人たちのことを『ドールオーナー』という。

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僕がその一人になったのは、去年のことだった。